The Butoh ――A dedication to Tatsumi Hijikata |
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17 Sickly dancing princess
"Sickly dancing princess" is the main butoh book by Hijikata
Tatsumi (1983), though nobody must not be able to translate it into other
language. It is hardly to read even as Japanese text, because Hijikata
used so unique sunken logics in this book. It is as if a long contemporary
poem with full of excellent metaphors and novel inventions of way of words without following normal grammar. And the bugs atatch to them, and weakened qualia are overlapped. "Bugs attach to the hand of senile Rakan" ("QH" chapter 17) This is the multi-layering for weakened body. |
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フラマンの寝技 あるいはまた、『静かな家』の舞踏譜に出てくるフラマンの寝技。 第3節 「馬肉の夢 座しきから引き出されて来た男 ・・・ フラマンの寝技をつかう」
土方巽の故郷、東北秋田では年に一度か二度あるかないかの 馬肉を食うハレの日があった。 その日には家の座敷の奥の暗い部屋で寝たきりになっている老人も 這いでてき馬肉を喰らう。 それは生きている証となる祝祭なのだ。 日頃動けぬからだでも、非日常の祭りの時には火事場の馬鹿力がでる。 40億年間生き延びてきた生命が、 持てるあらゆる叡智を搾り出して食い物の場ににじり寄る。 虫の這行は、生まれたばかりの生命であるアメーバの動きや、 生まれたての昆虫や獣などのあらゆる叡智を使って這い進む。 その立てぬからだに虫が付く。 ヨイヨイの震えに、虫の刺激が重層化される。 極限の衰弱体は、衰弱のクオリアが無限に重層化されて出来上がる。
究極の衰弱体
疱瘡譚や夏の嵐の土方は、自分のソロを二部に分けるのが常だった。 はじめのソロは死に物狂いで突っ立つ死体の舞踏、 二つ目のソロはもはや立つこともままならぬ究極の衰弱体で踊った。 これがフラマンの寝技、座しきから引き出されて来た男だ。 土方はこれらの病める舞姫のパートに疱瘡や癩病などの名を付けた。 土方の衰弱体の舞踏の序破急の中でも急の中の急の部分である。
現在一作品全体のビデオが残されている唯二の『疱瘡譚』でも、『夏の嵐』でも はじめのソロは、立ち踊りの序、そしていくつかの破としてその他の踊り手たちのパートを繋ぎ、 最後にこの「病める舞姫」の急を持ってきている。
このからだに至りつくには、 次のような衰弱のクオリアを重層的に身にまとっていく。
原生的生命の叡智
原生動物であるアメーバの動きには40億年間の生命の叡智が詰まっている。
①ゾルゲル変換 体液の流動性をわずかに変えることで匍匐前進の動きを生みだす。 アメーバは前方に食物の匂いや気配を嗅ぎつけると、 それに近い部分の細胞液の流動性がわずかに高まる。 これをゾル化と呼ぶ。 するとその部分は前方の食物に向かって流れだすように近づく。 そして前に出た部分の流動性が落ち、わずかに固まり仮足となる。 これがゲル化である。 ゲル化した仮足の部分が地面を捉え、他の部分がそれを支点にしてより集まってくる。 瀕死となった病める舞姫が使うのはこのもっとも原生的なアメーバや粘菌の動きである。 古畳の上を渾身の力を振り絞ってにじり寄る。 すべての細胞が太古の叡智を思い出して共振する。 これが基本である。
②重力に身をまかす 粘菌やアメーバは前方ににじり寄っていくと、 ある部分が盛り上がることがある。 盛り上がった部分は位置エネルギーを持っている。 それを脱力して落とすとき、わずかに前方に流れ落ちるように身をまかす。 わずかでも前へ、前へ、からだじゅうの叡智を振り絞って進む。
③落ちろとき肘を回す にじり寄るからだは肘や膝によってからだの重さが支えられている。 頭をもたげてそれが落ちるときに支えている肘を前方に回転させると、 わずかにからだ全体が前方に運ばれる。 からだごと頭の重さにひきずられるようにのめりこんでいく。
④痙攣を利用する ときどきからだが不随意に痙攣する。 魚が跳ねるような背骨の原始的反応が出てくる時もある。 その不随意な痙攣的反応をも前進する力に使う。 ①から④の動きは不自由なからだを使って動かねばならない人なら 誰もが無意識に使っているギリギリの生命の叡智である。
無限重層化
寝たきりの人の切羽詰ったぎりぎりの動きでにじり寄る。 すでにさまざまな病気で不自由になったヨイヨイのからだである。 そこに虫やさまざまな衰弱のクオリアを重層化させていくことによって 土方の衰弱体は無限の深まりを見せる。
「指先の尖たんにメスカリン注射がうたれる。 そこには小さな花や小さな顔が生まれる」(「静かな家」第10節)
「手ぼけの羅漢に虫がつく―小さな花―糸―はかり」(同第17節)
「すべてのマチエールは背後によってささえられている。 複眼と重層化は混濁し一体のものとなる」(同第10節)
もっとも衰弱したからだでしか見せることのできない 最後の最後の生命の叡智を身にまとって踊る。 粗大なものすべてを脱ぎ捨て、 微細に微細に重層化を重ねていく。 あらゆるものが混濁し非二元域で一体化するまでそれを続ける。 それでようやく生命に近づくことができる。 これが生命の舞踏なのだ。
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